2017年12月04日

復元機・零式戦闘機 五二型甲(A6M5a)機体製造番号 81— 161号機

三沢アメリカ村スカイプラザミサワ(東北一アメリカナイズされた店かな?)広場上空、いささか小寒いがひよりの良い気候ですね。では内外のニュースですが、朝鮮半島動静を睨み「米・韓」軍事部隊が「史上最大規模の航空戦演習」の話題より無いので視点を変えて・・・・太平洋(大東亜)戦争中に戦争初期から中期段階でアメリカ軍戦闘機から恐れられた「ゼロ・ファイター」いわゆる「ゼロ戦」の呼び名だが、戦後に表現された言葉と言う話があるが、当時の国民はこの日本が誇る「名戦闘機」の所在すら知らされていなかった。大々的に「ゼロ戦」の名前が知れ渡って来たのは、実は戦争終結やや一年前で陸上基地出撃用、新型零式戦闘機(五二型甲:A6M5a)が新聞公表されてからである。日本軍・戦闘機乗りの「荒鷲(海軍は“海鷲”、陸軍は“陸鷲”)」たちの部隊の中では「レイセン(零戦)」を「ゼロ戦」と呼んでいた。従がって、すでに戦時中から旧海軍パイロット仲間では「ゼロ戦」の呼び方が定着していた。このゼロ戦はより飛行安定度も改良され、何よりも機体・急降下制限速度も大幅に改良された・・・・そのためにとは言わないが「海軍神風特別攻撃隊」、いわゆる人間爆弾「特攻機」に多くが登用された・・・若き特攻隊員のご冥福を祈りたい。ジジイの独り言。
復元機・零式戦闘機 五二型甲(A6M5a)機体製造番号 81— 161号機

  


Posted by tsuzuki  at 13:55Comments(0)